短編拳銃活劇単行本vol.1

□冬空越しの楽園
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 山名由子(やまな よしこ)と云う一個人では精々、この程度の生き方しかできない。そう思っているしそうであるべきだとも思っている。身の丈に合わぬ生活はいつか大きな綻びを見せて足元を掬うように目も当てられない顛末で幕を閉じるに決まっている。
 だからこそ、こうして姑息で矮小な小悪党として陽の当たらない世界を泳ぐように歩いている。
 大体、いつも博打に出る時は負けが込む先途でしかない。
 懐に呑んだ拳銃を買った時もそうだ。
 新品で予備弾倉2本のオマケ付きで弾薬の供給ルートも紹介してやるからと、代金と経費込みで4万円以下だった。何度もカタログを読み返したが性能も申し分ない。これはきっと好い買い物に違いないと思って購入した中型自動拳銃。
 だが、思わぬ所に落とし穴が有った。
 レナートガンバの刻印が入ったマットブラックじみた肌をしたモーゼルHSc-80。
 使ってみれば精神衛生に宜しくない大きな特徴がそのまま大きな欠点に思えた。何しろ、安全装置を掛けても撃鉄はデコックしない。コック&ロックでもない。起きた撃鉄をデコックさせるには薬室に実包が装填されているのに引き金を引いて空撃ちに似たアクションをさせなければならない。安全装置を掛けているとは言え薬室に実包が装填されているのに発砲以外で引き金を引くのは肝が冷やされる。今まで暴発は無かったがこれからは解らない。これ以外の拳銃を扱うとうっかりと誤操作で暴発させそうだ。
 他人からの又聞きではあるが、安全装置を掛け、撃鉄を戻さず……詰まり引き金を引かずに『待機』させておけば即応性が高くなるとの事だがそれでも暴発の可能性は拭えない。
 止めに、流通経路も込みで『販売』されていた理由が解った。弾薬がマイナーなのだ。薬莢の長さが18mmの9mmウルトラまたは9mmポリスを用いる。9mmウルトラとはGeco社の登録商標で同じ名称で流通できないノルマ社やヒンテンベルガー社は9mmポリスの名前で販売している。薬莢長が同じ9mmマカロフとは互換性が無い。9mmマカロフは僅かに薬莢の直径が太いからだ。
 由子は流通経路など頼らなくとも安く汎く出回っている9mmマカロフで代用が利くと思っていたが弾倉に詰めている段階で違和感を覚えて実射に到らなかった。調べてみると案の定の結果だ。
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